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2009年09月 アーカイブ

2009年09月02日

世界周航

スペインの命を受けモルッカ諸島への西回り航路開拓に出たマゼラン(マガリャンイス)はスペイン王・カルロス1世の援助を得て1519年8月、セビリャから5隻の船に265名の乗組員を乗せて出発した。1520年10月、南アメリカ大陸南端のマゼラン海峡を通過して太平洋を横断し、グァム島に立ち寄り、1521年にフィリピン諸島に到着した。マゼランはフィリピンのマクタン島で住民の争いに加担し、同年4月27日に酋長ラプ・ラプによって殺された。その後、部下エルカーノ率いるビクトリア号1隻が航海をつづけ、1522年にセビリャに帰港し世界周航を果たし、地球が球体であることを実証した。帰ってきたのは18名であった。

スペインはこの後もメキシコ(ノビスパン)から太平洋を横断しモルッカ諸島への航路を開こうと躍起になり、ポルトガルと摩擦を起こす。そのさなか、フィリピンは1571年メキシコを出発したミゲル・ロペス・デ・レガスピによって征服されスペイン領となった。なお、フィリピンの名は1542年、当時スペイン王子であったフェリペ(のちのフェリペ2世)にちなみ、フィリピナス諸島と呼んだことに由来する。
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ポルトガルとスペインによる新航路開拓と海外領土獲得競争が白熱化すると両国間に激しい紛争が発生した。さらに他のヨーロッパ諸国が海外進出を開始したため、独占体制崩壊に危機感を募らせた両国は仲介をローマ教皇に依頼して1494年にトルデシリャス条約、1529年にサラゴサ条約を締結した。両国はこれらの条約により各々の勢力範囲を決定し既得権を防衛しようと図った。

2009年09月14日

火星の薄い大気は

生理学的に見れば、火星の薄い大気は真空同然である。宇宙服などで保護されていない生身の人間であれば、火星の表面ではわずか20秒で失神状態に陥り、1分たりとも生存できないと考えられている。しかし火星の環境は、灼熱の水星や金星、木星などの極低温の太陽からさらに遠い軌道を巡る惑星、真空の月や小惑星と比べればはるかに住みやすい環境だとも言える。火星よりも地球に近いのは金星の雲の上くらいであろう。また、地球上の人間が探検した範囲内にも、火星と類似した自然環境がある。有人気球が到達した最高高度は、1961年5月に記録された34,668m(113,740フィート)で、この高度での気圧は火星表面と同じぐらいである。南極の最低気温はマイナス80度ほどであり、火星の平均気温と同等である。また、地球の砂漠も火星の地形と類似している。

2007年3月21日、NASAの Deputy Administrator のシャナ・デールは「地球から4000万マイル離れた火星に人類の第二の故郷が見出されることを期待している」と語った。
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将来的には、火星の環境を、人間を含めたさまざまな生物がそのまま居住可能なように改造することが出来るようになるのではないかと予測されている。とはいえ、火星環境の地球化、いわゆるテラフォーミングが本当に実現可能かどうかは現時点では何ともいえない。特に火星の脱出速度が小さいため、居住可能な大気を維持し続けるのは困難である。倫理上の問題も指摘されており、議論となっている。

2009年09月26日

進学率

進学率(しんがくりつ)とは、ある段階の学校での教育課程修了者のうち、次の段階の学校へ進学した者の割合。
以下では特に断り書きがない限り、日本での事例について述べる。
全国の値については、文部科学省が学校基本調査で公表している。

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また、個別の中学校や高等学校でも、卒業生がどの程度進学したかの指標として、それぞれの学校毎の進学率を公表する場合などがある。高校では進学率が高ければ高いほど進学校と認知されるので、受験生集めにこの指標を多用する傾向にある。どのような大学に進学したかは表していないが、進学率が高いと偏差値の高い学校への入学者が多いとみなす傾向は存在する。
中学校卒業(もしくは同等の課程を修了)後、高等学校等へ進学した者の割合。
高校進学率は戦後上昇を続け、1974年度(昭和49年度)に90%を超えた。その後も高原状態が続いている。
学校基本調査での調査対象の定義は

「中学校卒業者及び中等教育学校前期課程修了者のうち,高等学校,中等教育学校後期課程及び盲・聾・養護学校高等部の本科・別科並びに高等専門学校に進学した者(就職進学した者を含み,過年度中卒者等は含まない。)」
「学校基本調査」(文部科学省)より となっている。

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