トップオーケストラほど(ヨーロッパで特に顕著に)、指揮者が指揮棒を振るのと実際の演奏の音の出る間に長いタイムラグが生ずるが、ショルティはこれを嫌い、なるべく指揮棒を振り下ろした瞬間に音を出すよう依頼する。そのため伝統を重んじるウィーン・フィルとはしばしば衝突を起こしたという。
日本においては、多くの音楽評論家による極めて否定的な批評の影響(宇野功芳氏による批判が顕著であるとの意見もある)もあり今一つ評価が高くないが、ベートーヴェン、ブラームス、マーラー、ブルックナーの演奏など、今もなおその輝きを失ってはいない。1972年までドイツ国籍を持ち、名前や日常会話は終生ドイツ語で通しており、同世代のカラヤンよりもむしろドイツ音楽にかける情熱や比重は上回っていた。
初来日は1963年。ロンドン交響楽団と。1994年のウィーン・フィルとの最後の来日までたびたび日本を訪れた。
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